この記事はフィクションです。ツギノテFICTIONが2126年の紙面という設定で書いており、登場する出来事・数値・団体はすべて架空のものです。

いまからおよそ100年前の2020年代に、多くの人が複数のインターネットサービスの合言葉を、紙の手帳に書き写していたことが分かりました。

未来史研究所が、家庭に残された手帳や付箋を分析し、まとめました。

研究所によりますと、当時1人が管理していた合言葉はおよそ27個で、そのうち62%が紙に書き写されていたとみられています。

合言葉は本人であることを確かめるための文字列で、他人に推測されにくいほど、本人にとっても覚えにくいという性質を持っていました。

覚えるためではなく、忘れないための一冊でした。

研究所は、公共記憶アーカイブに寄贈された家庭用品の中から、手帳の実物を340冊確認しています。

表紙にサービスの名前だけを記し、中の合言葉は本人にしか分からない略号で書かれているものが目立ったということです。

本人であることを確かめる方法は、その後の数十年で大きく変わりました。

合言葉を記憶しておく必要そのものがなくなったのは2050年代とされ、現在この習慣を知っている人はおよそ0.4%にとどまっています。

一方で、この習慣を一様に「不便だった時代の名残」として片づけることには、研究所内でも慎重な声があります。

略号の付け方には持ち主ごとの癖があり、本人の考え方をたどる手がかりになるという指摘です。

研究チームの一人は、こう話しています。

「読めない略号のほうが多く、持ち主が亡くなったあとでは開けない手帳もありました。忘れないための道具が、いちばん厳重な鍵になっていたわけです」

商店街の修理祭りの会場では、当時の手帳を再現した展示も行われました。

来場者に架空の合言葉を渡し、自分なりの略号で手帳に書いてもらう体験だということです。

会場を訪れた90代の女性は、こう話していました。

「祖父の手帳を見たことがあります。数字と記号ばかりで、結局最後まで一つも読めませんでした」